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水天宮・戌の日

水天宮に行こうと調べたら仮の宮でおまつりをしているようだ。そこから浅草雷門に移動。お客さんでいっぱいでした。この暑いに凄い人出です。スカイツリー効果かな。。

お昼は上野精養軒でランチを頂きました。「優雅でしょ?」と言いたい所だが、実際には時間つぶし。でも生まれて初めて上野公園を訪れることができた。今度は子どもを連れてこようか。

話は違うが、今回、生活保護法を改正して、扶養義務の履行を強く求める内容が盛り込まれた。その中に家庭裁判所への扶養義務の履行による費用徴収を積極的に活用することを念頭に置いた改正が行われている。私は当該改正に反対だが、その是非を越えて考えなくてはならなくてはならない論点があるように思う。

それは、扶養義務の履行とか養育費負担義務の履行に国が後見的な役割を何処まで果たすのかという問題である。この点で、今回の改正は国の費用負担についてはしっかり費用を取っていくが、それ以外の所は一切自己責任でと言うものでバランスを欠くものと思っている。

扶養義務の範囲についてそもそも議論があるので、その強制を国家が後見的な役割を果たして積極的にすすめていくことは問題がある。しかし、あまりに広すぎる扶養義務を欧米並みに絞った上で、一定の場合、国家が後見的役割を積極的に果たして、扶養義務履行の申立を行っていくことは政策論としてはありうるだろう。ここで念頭に置いているのはしっかりとした収入があるのに未成年の子どもの養育を行わないような場合である。児童福祉の観点からはありうることであろう。成年の子どもの面倒を年老いた親が自分の老後生活を犠牲にしてまで見なければならないという現状は絶対にまずい。

一方で、養育費負担義務の履行を国が積極的に介入して促進することは必要だろう。これまた児童福祉の観点から求められることである。多くのシングル世帯が貧困状態にあることを考えれば、容認されるだろうし、外国にも例がある。しかし、今点については我が政府は積極的な役割を果たそうとはしない。

裁判手続きは整備してきたが、普通の人が裁判所に行って手続きするのは極めてハードルが高い。行政が積極的にサポートをしなければならない分野だと思うが、そうなっていない。

結局、貧困層に税金を出したくないだけではないのかと思うのである。

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