« 学童に行って学童フェスタの準備 | トップページ | EEE PADに家族が凝っている »

猫帽子

午前中は日直のお仕事。特に電話も何もないので原稿を書き続ける。帰ってきたら友達の兄弟が遊びに来ていた。日曜日に遊ぶ友達があんまりいないので大変ありがたい。

我が家でyoutubeのキャベツをかぶったキャベツ猫という動画が受けたので、私もさっそくまね。名付けて猫帽子。うちのマーブルさんは嫌な顔をしていたが、乗せていると動かない限り暖かくてちょっと良いかもと言う感じの顔をしていた。子どもたちは喜んでいた。

後ろから見ると本当に毛皮の帽子をかぶっている感じ。

実際にはこんな感じ。動かない限りは安心らしい。

来週の日曜は山に行きたいなと思いつつ、この寒さだと行くところが限定されるなとちょっと思案中。とりあえず来週日曜日は晴れると良いな

今日は夜、お風呂に本を持ち込んで新書を一冊読了。

ドキュメント死刑囚 (ちくま新書)
篠田 博之
4480064435


宮崎勉事件、奈良少女誘拐殺人事件(小林薫事件)、池田小学校事件(宅間守事件)を例に取り上げたもの。色々と思ったことがあるが、一番衝撃的だったのが池田小学校事件の刑事弁護人の所に寄せられた手紙。7割は事件を指弾する内容だったそうだが、残りの三割は宅間守に共感を寄せたものだったという。少し長めだが該当箇所を引用する。

加害者側への自己投影  詫間死刑囚とこの女性のやりとりについては、後述するが、ここでこの話を紹介したのはほかでもない。結果的に結婚をあきらめることにはなったが、もう1人のA子さんに語ったその思いを紹介するためである。  彼女は小さな頃からいじめに遭い、自分が社会から疎外された存在と感じていたという。そして宅間守があの池田小事件を起こした時、その思いが理解できると感じたのだというのだ。  宅間守が池田小学校に乱入し、罪もない子どもたちや教師を次々と殺傷したのは01年のことだった。その第一報をニュースで聞いた時の衝撃は今でも忘れられない。無差別に子どもたちを殺したというその残虐な行為に、子どもを持つ親ならば、その被害者の立場に自分を投影させ、悲痛な思いに捉われたに違いない。私もその1人だった。  しかし、後にA子さんに話を聞いて、被害者の側でなく、宅間の側に自分を投影して事件を受け止めた人がいるのを知って、私は驚き、認識を新たにしたのだった。  戸谷弁護士に聞くと、実は宅間あてにいろいろな人から届いた手紙は、大半が宅間を指弾する内容だが、3割くらいは彼に共感を寄せたものもあったのだという。「自分も一歩間違えれば宅間守になっていたかもしれない」というものだった。  世間を恨み、復讐のためにあの残虐な犯罪を犯した宅間守に、自分を投影した人が少なからず日本社会に存在するというこの事実は、深刻に受け止めねばならない事柄だった。少なくとも私が、編集者、あるいはジャーナリストとして事件に関わるのであれば、そういう事実に想像力を働かせることは必要だと思った。(P176~177)

犯罪は個人の問題が大きいのだが、社会のありようの問題も考える必要があるなと改めて感じたのであった。

« 学童に行って学童フェスタの準備 | トップページ | EEE PADに家族が凝っている »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 猫帽子:

« 学童に行って学童フェスタの準備 | トップページ | EEE PADに家族が凝っている »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

ajax amazon