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超高層ビル

「超高層ビルが林立する街で大丈夫か(東京都)」.という記事をみて考えた。

なかなか難しい問題なのだが、「超高層ビル「数十棟で構造被害も」、長周期地震動|日経BP社 ケンプラッツ」とか、「大地震後の超高層、危険度判定の遅れで1カ月使用不能も|日経BP社 ケンプラッツ」てな記事も見ると、街作りの基本に高層ビルを据えるという今のやり方は変えなくてはならないのではと真剣に思う。

元もと東京湾の湾岸部の高層ビル群が海風を遮り関東平野のヒートアイランド現象を加速させているという指摘がされている。震災に弱い(被害を受けやすいというより、復興が難しいという意味だけど)という点も考えると一極集中の是正という効果も期待して容積率を大幅に圧縮するとか、いろいろな事を考えなければならないのかなと思うのである。

街作りという面でも一体感が生まれにくいのではないかなと想像する。超高層マンションがこの10年ほどで急速に普及しているが、大規模修理(超高層建築は躯体の耐久性が高いので建て替えは相当先になるだろうが)の時期がいずれ来る。そうなったときに住民の合意をとるのは大変だろうなと思う。

人間が見える街作りをすすめなければと思う次第である。


リンク: 超高層ビルが林立する街で大丈夫か(東京都)|日経BP社 ケンプラッツ.

超高層ビルが林立する街で大丈夫か(東京都) 仲原正治の「まちある記」(7)

2011/07/19

 超高層ビルは本当に大丈夫なのか?今回の震災で芽生えてしまった疑念である。特に東京には超高層ビルが林立しており、震災に対する脆弱性も明らかになった。東京には様々な街があり、各々に街のカラーがある。それを一度にまとめて書くことはできないので、今回は超高層ビルに突きつけられた課題を中心に、東京全体を捉え直してみたい。

超高層ビルは高度経済成長期に建設がスタートする

 私は1950年代の半ばに世田谷区北沢の鉄筋コンクリート造のアパートに住むようになった。当時としては最先端で、家に風呂があり、台所・食堂もある2DKの小さな官舎だった。オフィスこそ鉄筋コンクリート造が主流になっていたが、住宅は木造家屋が一般的で、そのころの官舎はまだエレベータの付かない4階建てが普通だった。

 1960年代から東京の街が少しずつ変わり始め、近代的な建物ができてきたように思う。特に1964年の東京オリンピックを契機にまちの姿が急激に変化していった。超高層ビルのはしりは1968年竣工の霞が関ビルで、1970年に浜松町の世界貿易センタービルができると、それ以降は、新宿副都心(新宿淀橋浄水場跡)が超高層のメッカになった。皮切りになったのは京王プラザホテルだ。一方、池袋では巣鴨刑務所の跡地に当時としては日本一の高さを誇るサンシャインビルが建設される。その後は、競い合うように超高層ビルが建てられることになり、東京での開発では超高層ビルが“当たり前”となっていった。

 高度成長期が終わり、バブル経済期を迎えると、土地の値段が高騰した。それに伴ってビルの超高層化は、ますます加速される。都心に空地が少なくなると、開発のターゲットは埋立地へと向かう。東京13号埋立地には臨海副都心ができ、千葉では幕張メッセ、横浜では「みなとみらい21」と超高層ビルによる新しい開発が続々と進行する。バブル経済が破たんした後は、旧市街地の再開発という手法で、六本木ヒルズや東京ミッドタウン、丸ビルや新丸ビルといった超高層ビルが出現した。そして、超高層ビルによるまちづくりは、現在でも大きな疑問を抱かれることなく継続されている。

 超高層ビルによる開発の主目的は、オフィス機能の拡大である。東京を世界経済の拠点のひとつとすべく、欧米や中国などの経済大国を意識しながら進められてきた。しかし、それはまた東京の一極集中を促し、地方との均衡が急速に崩れていくことにつながった。

 超高層ビルラッシュの背景にあるのは、経済的振興を図るために1995年に政府が採った「規制緩和」という手法だ。今まで600%の容積率だった商業地域を、ある条件を満たせば1000%以上にまで上げられる、という一種のボーナス制度を打ち出した。規制緩和によって、ある日突然に、その土地の権利者は、土地価格の上昇という利益を得ることになった。そして、その利益は国民に還元されるのではなく、一部の権利者に独占されてしまう仕組みとなっているのである。

50年足らずの歴史、安全を含め十分に検証されていない

 東日本大震災を経験した今、果たして超高層ビルを中心に進めてきた「まちづくり」は本当に良かったのか、再検証しなければならないと思うようになった。原発は、政府や企業が「安全、安心」と声高に叫んできたことで、結果的に今回の「安全神話」の崩壊につながった。超高層ビルにも同じことが言えるのではないか――。というのも超高層ビルには、未知の部分がまだまだあるからだ。そして、それはほとんど議論されずにきている。

 課題を挙げてみよう。まずひとつは、震度7の地震に建物や設備が耐えられるかである。我が国の建物の耐震性や耐火性については非常に厳しい基準が定められている。背景には1923年に発生した関東大震災で建物の崩壊や火災による被害を経験したこともある。そして、一般的に超高層ビルは、建物が柔軟な揺れ方をすることで耐震性を確保するというふうに伝えられている。しかし、本当にそうなのだろうか。もしかしたら、専門家も震度7の地震を体験するまでわからないのではないだろうか。これは免震構造という新しい構造についても言えることで、私の住むマンションでも今回の震災で表面上の被害はなかったが、ダンパーに損壊があり、これをどうするかが問題になっている。東日本大震災よりも、もっと強い揺れが来たときに、どのようなことが起きるのかは未知である。

 超高層ビル内部にいる人に対する影響も、どういったものになるのか明確になっていない。東日本大震災での震度は東京都心で5強だったが、超高層ビルにいた人が味わった恐怖はとても5強のレベルではなかった。机が移動したり、壁に固定していた書棚が倒れたりしたケースが相当数に上った。むろんエレベータはすぐに停止し使えなかった。これで大きな火災が発生していたら、どんな被害が発生していたのだろう。考えるだけで本当に恐ろしい。

 超高層オフィスや超高層住宅ができるとインフラの整備にもカネがかかる。特に都心部の住宅では学校の整備が必要になるし、電気やガスの容量も増えていく。多くの超高層ビルは窓も開けられないため空調対応となるが、これによって地球環境にさらに多大な負荷をかけることも予想される。ヒートアイランド現象を増加させることにもつながる。

 停電になった場合は、冬は寒さで打ち震え、夏は暑さで熱中症になるかもしれない。今年の夏にもし計画停電などが生じた場合、どのように対応すればよいのか正解が見えない。たぶん、自宅にいることはできずに、停電していない地域のデパートや図書館などに避難することになるのだろう。身体障害者や高齢者にとっては、本当に辛い日が到来する。

超高層ビルにないもの…、街並みやコミュニティを作ることが難しい

 超高層ビルには、もうひとつ大きな課題がある。超高層ビルができることにより、まちや建物のデザインが配慮されなくなるということだ。建物が画一化し、基本的にデザイン性の乏しい建物になってくる。超高層住宅については、デベロッパーもデザインではなく利便性や耐震性ばかりを売り物にしている。日本の都市は「街並み」を形成することによって、都市の魅力を高めてきたが、超高層ビルによる開発は、開発エリアだけのまちづくりであって、ほかの地区とは関係性を持たないものとなっている。

 例えば、表参道から原宿への並木道を見れば、超高層ビルとの違いは歴然とするだろう。表参道は並木と建物がうまく調和をしているが、六本木や赤坂の超高層ビル開発では、文化施設などを配置することで地域の魅力を高めるに留まっている。街並みはできていない。一方、丸の内については、少し考慮していて、明治時代の「一丁倫敦(いっちょうろんどん)」の街並みの形成の考え方を踏襲し、31mの高さを残して、2層構造の超高層ビルを建てている。

 街並みがあるということは、商売人や住民に「自分のまち」という意識が醸成され、道路の清掃活動や地域活動を日常的に行うことにつながる。それが地域のコミュニティを育てていく。ところが超高層ビルではそれが難しいことになる。

 いくつか超高層建築物の問題点をしてきたが、実は私も超高層マンションの住人であり、今回の震災により、どのような生き方をしていくのかを自分自身、問われているのだと思っている。

 日本は今回、すべての人々が被災した。ひとつは原発事故で、それを原因とした電力不足である。もうひとつは未曾有の災害である。500km以上の地域が被災し、100日以上が経った7月初旬になっても、いまだ復興の槌音が聞こえてこない。東京が被災地であったら、こんなことはありえないだろう。この二つの未知の事象を受け入れたうえで、被災地支援と電気をあまり使わない生活をしていく道を模索していかなくてはならない。


国民総幸福量の考え方をブータンに学べ

 私たちは今までの大量生産・大量消費という生活からの脱却を図っていく必要があるのではないか。日本は現在、GNP世界3位で、依然としてランキングの上位にいる。しかしその一方で貧困率も高い。日本国民の貧困率(相対的貧困率)は厚生労働省の最新の発表で16%となっている(相対的貧困率=年間の全国民の可処分所得を順番に並べ、中央の金額(2009年は224万円)の半分(112万円)に満たない人の割合) 。失業率は5%前後、非正規雇用者は1/3に上っている。こうした状況では、内需が高まることは基本的には望めない。

 また、2050年ころには人口が3000万人程度減少することになるが、現在の社会システムは、いまだに人口が減らないことを前提に公共投資をしている。人口が減れば、電気も水道も道路も増えるはずがないのに、ダムや道路建設などの公共投資は続いている。また、現在でも毎年3万人以上の自殺者が13年も続いている社会は歪んだ世界と言わざるを得ない。

 こうしたことに対して、生きる価値観をもう一度見直すヒントとなる考え方がある。ブータンの国民総幸福量(GNH=Gross National Happiness)だ。

 ブータン国王は、1972年に「国民全体の豊かさ・幸福度」を示す尺度としてGNHを提唱した。ここでは、西洋主義的な科学、経済、物質主義は人を幸せにできなかったという反省のもとに、物質と精神のバランスをとり、幸福のためにどのような人間関係をつくっていくのかを追求している。

 ブータンはGDP150位以下の国で、60%以上の森林の保護が義務付けられ、買い物のビニール袋などは禁止され、電力は99%を水力発電に頼っている。自然を大切にし、家族を大切にし、平和に暮らすことで、人は幸せになるという確信もって生活している。

 日本で、この考え方のすべてを実践することは難しいと思うが、現在の生活様式を問い直していくことも必要なのではないか。自然よりも人工的なことを推し進め、家族や地域との関係性を希薄にしてしまう超高層のもつ閉鎖性やプライバシーの保護を優先する住まい方を私たちの英知と創造性で克服していくことが必要ではないだろうか。今回の震災で、被災者も私たちも家族や友人、地域の大切さを身をもって知った。超高層に住んだり働いたりしている中で、どのように地域のコミュニティをつくり、相互扶助ができる自分をつくれるか。家族を大切にし、隣人関係を構築し、それを追求することで新しい幸せが訪れると確信している。


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