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「あすという日が」

夕刊に「あすという日が」という曲の話が出ていた。仙台市立八軒中学の吹奏楽部・合唱部が避難所などで被災者に披露し、復興ソングとして色々なところで歌われているという。八軒中学でググってみると、直近の日比谷野音をはじめいろいろなところで歌っておられるようだ。八軒中学以外にも夏川りみなど広範に広がっている。

人を励まし団結させる歌の力ってすばらしいと思う。どんな歌か聞いてみたいと思ってyoutubeで検索をかけてみると5月に日比谷野音でおこなわれた南こうせつのコンサートに招待されて歌った映像がアップされていた。


リンク: 被災の中学生、南こうせつと「復興の歌」合唱 ― スポニチ Sponichi Annex 社会.

 東日本大震災の避難所で合唱曲「あすという日が」を歌い話題を集めている宮城県仙台市立八軒中学校の吹奏楽・合唱部が7日、東京・日比谷野外音楽堂で行われたフォーク歌手・南こうせつ(62)のコンサートに参加した。同曲など2曲を歌唱。観客はスタンディングオベーションで被災地からのゲストを激励。佐藤志織部長(3年)は「私たちも元気になれました」と笑顔を見せた。

リンク: 河北新報/河北春秋.

 日本でも大ヒットしたミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」。新任家庭教師のマリアは、歌の力を使って子どもたちの心を開こうとする。「悲しい時の薬は歌だよ」と▼仙台市八軒中の吹奏楽・合唱部が震災以来、歌い続けてきた『あすという日が』がCD化され、全国発売されることになった。避難所で、街頭募金で、ステージで復興に向けた希望をハーモニーに託してきた

▼3月19日の全国大会出場に向けて猛練習を重ねてきた。直前に大震災に見舞われ、やむなく出場を断念。代わりに、覚えたての『あす―』を避難所になった八軒中に身を寄せていた被災者に披露した▼<ふまれても なおのびる道の草>。震災に打ちひしがれた人たちが、失意のどん底で癒やしのメロディーに耳を傾ける。全国への道を断たれた部員たちの悔しさも、ゆっくりとほぐれていった

▼五線譜上で踊る音符のように、部員たちの体が揺れる。歌は魂の叫びでもあるのだ。被災者という不運な境遇だが、歌の力をよく知る最高の「審査員」を得て、合唱の完成度は日に日に高まっていった▼<あすという日があるかぎり しあわせを信じて>。復興までの道のりは長く険しいけれど、合唱は「心をひとつに」の大切さを教えてくれる。被災地発のメッセージ、唇に歌を。

リンク: 中学吹奏楽・合唱部、被災部員らの歌発売へ : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

 震災で合唱の全国大会に出場できなかった代わりに、避難所となった学舎で歌を披露していた仙台市立八軒中学校の吹奏楽・合唱部が歌う合唱曲が、被災者への応援歌として売り出されることになった。曲目は「あすという日が」。


 今後、インターネットで配信され、震災から4か月の7月11日にCDが発売される予定で、収益は震災復興義援金として寄付される。また、同中の部員たちは7日、東京・千代田区の日比谷野外音楽堂で行われる南こうせつさんのコンサートにゲスト出演し、被災地支援の機運を盛り上げる。

 同部は3月19日に福島市で予定されていた「声楽アンサンブルコンテスト全国大会」に宮城県の中学校代表として出場する予定だった。しかし、震災で同大会は中止になり、同中の校舎は避難所として約100人の被災者が4月12日まで避難生活を送ることになった。

 こうした中、部員たちは、「自分たちに今できることは避難している人たちに歌を歌い、元気づけることだ」と避難してきた人たちを励ますために「音楽の集い」を開催。4月9、12日の2回、同中を去る人たちに「あすという日が」などの全国レベルの合唱を披露してきた。

 自身も被災し、全国大会に出場できなかった部員たちが、周囲の人たちを勇気づけている姿に心を動かされた都内の広告会社「フェザンレーヴ」から、部員のコンサート出演を提案された南さんは快諾。7日の「南こうせつ20thグリーンパラダイス」に生徒たちがゲスト出演することになった。

(2011年5月3日15時40分  読売新聞)


リンク: 被災の中学生、南こうせつと「復興の歌」合唱 ― スポニチ Sponichi Annex 社会.

  東日本大震災の避難所で合唱曲「あすという日が」を歌い話題を集めている宮城県仙台市立八軒中学校の吹奏楽・合唱部が7日、東京・日比谷野外音楽堂で行われたフォーク歌手・南こうせつ(62)のコンサートに参加した。同曲など2曲を歌唱。観客はスタンディングオベーションで被災地からのゲストを激励。佐藤志織部長(3年)は「私たちも元気になれました」と笑顔を見せた。

 ♪いっしょうけんめい生きること なんてすばらしい あすという日がくるかぎり 自分を信じて――濃緑のブレザー姿の男女31人が歌い終えると、約3000人で埋まった客席の各所でスタンディングオベーション。涙をぬぐいながら「頑張れよ!」と叫ぶ中年男性もいた。南は「みんなが歌う姿を見ただけでもう…」と目に涙を浮かべ、「1日も早い復興を祈ってます!」と絶叫でエールを送った。

 ステージを駆け下りてきた31人は、菅原敏彦校長に「よかったぞ」と温かく迎えられ、恥ずかしそうな笑顔。佐藤部長は「素晴らしいステージで光栄でした。私たちも元気になれました」と話した。

 八軒中学校の吹奏楽・合唱部は、震災後の3月19日に福島県内で予定されていた声楽の全国大会に出場が決まっていた。大会は中止。同校は避難所となった。親戚や友人に犠牲者が出た部員もおり、自分たちも被災者。そんな中で、避難所の人たちのためにと同曲を歌う姿が報道され、注目が集まった。

 この日のコンサートは、南が92年に始めた自然をテーマにした「グリーンパラダイス」の第20回記念ステージ。未曽有の自然災害に見舞われながらも歌う中学生に感動したコンサートの関係者が、出演を依頼。南も共演を熱望し実現した。

 10日ほど前から通常の練習と並行し、コンサート用の練習を開始。今回は楽器演奏はなく、歌唱のみ。その分、南と合唱した阿久悠さん作詞の「愛よ急げ」用に、部員でアイデアを出し合い振り付けも考えた。この日の本番では、南の音頭で観客も振り付きで歌った。

 高田志穂顧問は「震災後は子供たちも不安そうでしたが、きょう温かい空気に包まれて、前の生活に戻れる気がしてきたようです」と話した。

 ≪阿久悠さん遺作≫「愛よ…」は阿久悠さんの遺作。震災後の3月下旬に、阿久さんの所属事務所関係者から南のもとへ詞が持ちこまれた。07年の死去後に遺族から詞の提供を受け曲をつけた経緯があり、南は「その縁で今回もお話をいただいたのでは」と解釈。地平の果てに愛に目覚めた人がいて――の詞は、被災地支援に立ち上がる人々を思い起こさせる。南は「黙々と働くボランティアや自衛隊員の心に届けたい」と熱唱した。


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