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市議会議員は減らせば良いのか

良く思うのだが市議を減らせば良いとか給与はもっと減らせとかいう意見を良く聞く。

結局のところ無いものねだりの意見なんだなと思う。

行政改革を進めるために議会も身を切るという理屈なんだけど、素朴に「身を切るって何?」と思う。議員報酬を減らすわけではないので、痛みってなに?4年ごとに選挙があるんだから、それこそきちんと仕分けられているでしょあんたたちという気分になる。

地方分権と言うけれどそれって地方の側で人もいるし知恵もいるんだよと思う。それなら行政は知恵をつけなきゃいけないし議会も同様。ところが人も減らすし報酬も減らす。心意気は大切にしなきゃいけないんだけど。人を減らすこと=個人個人の専門性・力量を高める必要がある、報酬を減らすこと=個々人の力量や専門性は低くてもかまわないと言うこと。矛盾するんだよね。

もう一つ"goverment is problem"が根強い意識としてあるのも理由かなと思う。引用した言葉はレーガンの言葉だけど、政府(地方政府)はそもそも非効率で問題が多いという誤謬(と言うか思い込み)を何とかしなくちゃと思う。民間もふくめて色々な目でこれだけ監視され問題にされているところは無いと思う。そういう組織がそもそも非効率で不公正な訳がないと思うんだ。でも非効率で不公正な事態が起こらないとも限らないし、しっかり監視する仕組みが必要だ。憲法は国民による選挙を通じて選ばれた議会にそれを行うことを予定している。

監視機構の人手を少なくしコストを下げればそれなりのものしか出来ないというのは自明だと思うんだけど。議会の場合、本来的に企画機能もあるはずなのでなおさらなのだが。

上場企業のコンプライアンスの仕組み作りにかかるコストが問題になる。あんまり安上がりで監視機能が弱体化することは結局の所投資家の不利益になるのだが、のど元を過ぎれば何とやらで。

議会が昨日をきちんと果たしていないという批判はもっともなんだけどそういう議会を作ったのは国民であり住民であると言うことになる。結局の所、民度の問題なんだよね。

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