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保育園と子供手当て

和田秀樹さんのブログを読んでいて、全面的に賛成では無いのだが、我が意を得たりと思った。

子供手当がバラマキで、保育園は必要な金という発想は、東京の発想である。

実は、全国的にみると保育園は定員割れしている。現時点で定員充足率は約96%ということで、要するに都市部、とくに首都圏と大阪で足りないのである。

つまり、保育園を増やせということで得をする、満たされるというのは東京を含む大都市の人間だけなのだ。

我が飯能市でも保育園の定員はあまり始めている。0,1歳児あたりは大変だが、それ以上だと簡単に入所できるようになってきた。逆に保育園を卒所したひとなどからは子育てにお金がかかるようになってきて子ども手当は有り難いと言う声が大きい。

子ども手当をばらまきだと批判する人たちも多いが、子育て支援ということでいうと現金給付と現物給付(保育園など)は車の両輪であり、都市部において現物給付が足りないため仕事と子育ての両立が難しいという現象に対して現金給付の額を圧縮したとしても現物給付を充実させることを考える必要がある。しかし、大切なのは総量として増やすことであり、現金給付そのものを増やすことがばらまきという批判はどうかと思う。

子育てに食費や服飾費など扶養家族が増える分だけ費用がかさむのは事実であり将来の働き手育成という観点などから社会全体でその費用を一定負担するのは当然だと思う。子育てに莫大な費用がかかるようになっているのに、「子育てはすばらしい」という精神論だけでは少子化の克服は難しい。

現在の現金給付の額は子ども一人を養育するために必要な増加費用をまかなうものとはなっていないのが現状であり、ばらまきと言うのはおかど違いでは無いだろうか。パチンコ代に消えているという批判があるが、育児放棄をしていない限り子育てに伴う費用増加はあり、おそらくその額は子ども手当の額を下回るだろうと考えると、パチンコに入り浸っている親に支給されたとしても子育て費用を社会全体で担うという政策的目的から外れることはないと思う。心情的な問題はともかく、政策的な批判としてはあたらない。

金持ちにも配られるからという議論もあるようだが、全ての子ども達に対して差別無くかかる費用を補てんするという思想は正しい。金持ちに配られるのがまずいと思うのであれば、税金という形で再分配機能を働かせるのが筋だろう。支給に収入による足きりを設けると境界層で極端な不利益が生じかねないし、そうならないようにすると支給事務が極めて複雑になり、現実的では無いだろう。


リンク: 保育園と子供手当て|和田秀樹オフィシャルブログ「テレビで言えないホントの話」.

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